怒鳴る指導法がダメな競技、行われている競技
近年では、スポーツの指導において怒鳴ることは推奨されなくなり、場合によっては体罰やパワハラという認定をも受けるようになりました。
もちろん権利的・人道的な部分への配慮もあるのですが、競技への結果面からみても、怒鳴ることにはデメリットがあることから、指導法の見直しがされています。
一方で、少し悪く聞こえますが、こういった旧時代的な指導が今でも主流となっている種目もあります。
これらについて簡単に書いていきます。
怒鳴る指導がダメと言われる競技
球技が多いですね。
特にサッカーなどはプロの境遇もだいぶ変わってきたことから、怒鳴るだけの指導は減少傾向にあります。
野球も同様のチームが増えてきています。
僕の友人がお父さんコーチをしていますが、怒らないということはチームで実践しているということでした。
こういった種目の特徴として、相手があるものなので、怒鳴ることで型を作ることよりも臨機応変な対応が必要で、それらは各瞬間に選手が判断・実践しなければいけないというものがあります。
そういった場合に練習から正しいか否かをすべて指導者に委ねていると上手くいきません。
少年サッカーに多いのはベンチの監督の顔を良く見るチームは伸び悩むことです。
ある程度までは型にはめることで素早く結果を出せますが、その先のレベルになるには自分の行動に自分で責任を負う必要があり、監督の判断にすべてを任せるとそこで頭打ちになってしまいまし、試合中も怒鳴られることを恐れて萎縮する原因にもなります。
サッカー、バスケ、ハンドボールのようにコートの中での自由度が高いスポーツでは、特にこれらが顕著になります。
野球は上記の種目に比べると監督がサインを出す機会の多い種目ですが、最終的にはピッチャーとバッターでの駆け引きが重要です。
このように相手の動き方、考え方次第で自分のやるべきことが変わる競技については、自由を認めることが必要で、怒鳴るという行為はその自由度を狭めるため、効果的な指導ではないということになります。
ただし、正解はなくても、やってはいけないプレーなどはあるので、そういった時には怒鳴らないにしても注意をする必要はあります。
これはプレーの面でもマナーの面でも同様で、子育てなどに通ずるところでもあります。
怒鳴る指導が継続している種目
では、こういったご時世でありながらも怒鳴る指導の続いている競技についても触れていきます。
体操系(新体操含む)、ダンス系、シンクロなど、決めた型を完璧に再現することが求められる種目
これらでは子供、大人問わず今でも怒鳴る指導が一般的です(もちろん怒鳴らないところもあります)
特徴としては、採点型の種目に多いです。
相手によってやり方を変える必要がなく、実施するプログラムを決めた後の自由度はかなり低くなります。
子供を対象にしている体操の指導者に怒鳴る理由を聞いたことがありますが、以下の2点について話してくれました。
・緊張感を高めてケガをしないため
・試合などのプレッシャーに負けない精神力をつけるため
たしかに体操やダンスは練習でも一つのミスで大けがをすることがあります。
このため、集中力が欠けないように声をかける、その手段になるようです。
そして練習時からミスをした時に怒鳴られるという緊張感を与えることで、ミスの許されない試合での緊張感を再現しているそうです。
採点型の運動はミスの挽回が難しいということもこういった指導に結びつくようです。
例外的に怒鳴ることが多いケース
自分の子どもに英才教育を行う際は怒鳴るケースが増えます。
これは競技を問わない傾向があります。
恐らく、期待値の高さ、自分の子どもであるという意識などがこういった背景にあると思います。
個人的に感じていること
僕個人として、怒鳴るとういう指導法が行われている種目に多い点として
アフリカ人や黒人選手の参入が極端に少ない競技で怒鳴るケースが多いと感じています。
彼らは素晴らしいバネやしなやかさを持っています。
様々な球技で彼らの運動能力は認められ、ニーズも高まっています。
そんな彼らの良さを生かすには型に縛り付けるよりも、自由度の高い方が成果を上げやすい傾向があり、それらは日本人ではどんなに型を極めても到達できない価値でもあります。
そういった状況に向き合った種目では型ではないものを追うようになっているとも考えられます。
または、型にはまることを苦手とするので、参入自体が少ないとも言えますが。
ただ、自分の種目が彼らの参入が現状無い場合に、今後も絶対にないとは言えませんから、指導者としては先まで考えることも必要かもしれません。
最後に
当然の話になりますが、怒鳴る以外に指導方法の引き出しを持っていなければ、その指導者が怒鳴り続けるでしょう。
自分が、あるいは自分の子どもが指導を受ける相手に対してはこういった指導の引き出しの見極めも大事だと思います。
怒鳴ることが有効な場面で怒鳴っているのか、それしかないから怒鳴ているのかは似て非なるものです。