大人になってからの勉強が楽しい
子供の頃は勉強が嫌いだったのに、最近は勉強が楽しい。
そんな理由について少し考えてみました。
僕が最近行っている勉強は
- 栄養についてのあれこれ
- 英語(中学レベル)
多分この2つです。
サッカーについて、フットサルについても色々情報収集したりしていますが、これらは単純にライフワークなので今回は外しておきます。
でも、そう考えると何を持って勉強と言うのか、あるいは趣味の一環とするのかは案外難しい気がします。
楽しい理由
どうして勉強をしている内容が楽しいと感じるのかというと
学ぶ内容を自分で選んでいるから
これに尽きるのではないかと思います。
子供の頃の勉強は強制的・あるいは義務に勉強する内容が決められています。
これがなくて、教科(のようなもの)を自分で決められ、その内容についても自分で吟味して決められるというのは大きいと思います。
そして、自分で内容を選べるからこそ
すぐに自分の役に立つものを選べるのも大きいと思います。
小学校の頃、ひねくれていた自分は
「こんなの勉強していつ使うんだ?」と思ったりしていましたが、自分で決めると、これが都合よく「いつか使う(かもしれない)」になってモチベーションが高まります。
僕の場合は仕事ですぐにでも役に立つ、というか仕事そのものの勉強となる栄養学は当然強い興味を持って行う事ができます。
そして英語は「いつか話せるようになるといいな」くらいの軽い感覚で始めて中学生レベルの参考資料とドリルを行っています。
改めてやってみると、全く覚えてなくてつまずくのなんの
でも、昔より興味を持って行っているからか、理解力は老いた自分の頭っでも高まっていると感じます。
話せるようになるかはともかく、勉強して、新しく覚えること自体が楽しいという形に変わってきています。
多分学生の頃もあんなに多くの強化をいっぺんに詰め込まれていなければもっと楽しく勉強できたのかも、と思ったりもしますが。
あれもこれもだからいやになる部分が出てくる・・
責任は自分自身に
なにを勉強するか自分で勉強している以上、それが身にならなかったとしてもそれは自分のせいでしかありません。
責任転嫁できるとしたらせいぜい
「この参考書が分かりにくいせいだ!」とかくらいでしょう。
おまけの効果
僕がそんなに必要ではない英語を勉強し始めたのは、自分の為以外にも理由がありまして
それは子供が宿題をしている時間に自分の一緒に勉強をするためです。
子供が一生懸命宿題をしている傍で親がダラダラして
「自分も子供の頃はがんばったんだから、お前たちもがんばれ~」とか言ってしまう大人になりたくなかったからです。
一緒に勉強して、勉強には楽しい面もあることなどが言葉ではないもので伝わったら良いな、くらいの感じもあります。
勉強は子供が無理矢理やらされるもの、という感覚にしたくなかったんでしょうね。(他人事のように)
最後に
僕の時代は英語の授業内容なんて今ほど洗礼されていなかったし、大嫌いでした。
でも、今だと楽しい。
あんなに苦手だった文法もポンポンと頭に入ってくる
きっかけがあれば、興味のあることに取り組んでみるのも良いと思います。
僕はお金を少しかけるくらいでないと続かないかと思ってドリルや参考書程度を買いましたが、お金かけても続かないかもしれないなどの不安がある方はネットや動画でもたくさん授業などしてくれている人がいますから、そういった環境さえあれば追加でお金をかけなくても済むことも少なくありません。
学ぶことは簡単にできるので、あとはそこに一歩踏み出すかどうかだと思います。