若い世代の栄養士の魅力

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懐中時計

若い栄養士の魅力


人間誰しも自分が失ってしまったものは眩しく見えるもので、最近の僕はそれが「若さ」だったりします。

栄養士も若い人たちを見ていると、僕たちの頃とは違った面が多くあり、その可能性などには興味が尽きません。

今回は若い世代の魅力について書いていこうと思います。

考え方の違い

考え方が異なる、あるいは価値観が異なる。
これは世代が違うからというだけに留まりません。

 

僕が学生の頃には栄養士はまだまだ栄養の不足(栄養失調の防止)について特化した職業で、食事摂取基準なんてものもありませんでした。

今では、不足だけでなく、過剰なエネルギー、栄養摂取に対する必要も高まってきているので、栄養士のイメージが、栄養計算する人から、ダイエットサポーターまで広がってきています。

 

受ける教育やカリキュラムが異なれば結果的に得られる知識も異なります。
栄養士は上記のように求められる仕事にも大きな変化がありました、
そうなれば、より時代にマッチしているのは最近まで学生をしていた若い世代になるのも自然なことです。

 

そのため、僕のような古時代の遺物と考えが違ったとしても、それは気にすることはないのかもしれません。

 

運動について


栄養士は運動なんて学校で習った後はそこまで知らなくても大丈夫でした。
これは栄養士が栄養不足や病気に対しての知識が求められていたからです。

 

でも、ダイエットが目的となれば、運動を取り入れるかどうかはともかく、知識としてそれなりに使えるものを持っていないといけなくなります。
運動だけではありませんが必要なもの、必要とされる比重に関しても昔と今ではおおきな変化があります。

 

基準の変化

基準にも2つあります。

それぞれの栄養素などの摂取量などについての数値、これらの基準は時代に合わせて変化しています。

 

それよりも個人的には食事摂取基準の導入により、幅のある考え方ができるようになった点が大きいと思っています。

 

昔は生活習慣病などで病院に行って栄養指導を受けようものなら
「あれはダメ」「これはダメ」「そんなのはもってのほか」
こんな感じで、「正しい基準」が明確に設定されていて、そのガイドラインから外れる行為はすべて「ダメ」ということになっていました。

そんな指導は誰も受けたくないので、実際不人気でした。

 

でも、幅のある考え方の導入で、こういった画一的だった栄養指導にも幅を設ける必要が出てきました。

このため、正しい枠に相手を当てはめるのではなく、相手の生活の中で、それぞれの問題点についてどのようにアプローチするのかを組み立てていく仕事へと変わってきました。

 

この変化は大きくて、正しいことを伝える事しかできなかった栄養士にとっては窮屈になり、相手を否定する言葉を使いたくないと思っていた栄養士にこそチャンスが巡ってきました。

 

言葉で簡単に表現するなら、指導という名の押し付けから、カウンセリングに近い形になりつつあるという感じです。
でも、相手の話を聞くだけでも上手くいかないんですけどね・・・

 

昔ながらの方法では色々通用しなくなってきていることを感じさせられます。

 

僕が感じる魅力

若い世代の栄養士の仕事で僕が特に魅力的だと思うところに発想の新しさやセンスという物があります。

 

お知らせ一つを取ってみても、僕らの世代が作ったものは、どこか説教臭さが残っているように感じますが、そういった部分は無く、デザインについても、雑誌か何かのように明るくキレイに作ってくれます。

 

この違いは恐らく、僕が作ると、「僕が伝えたいこと」が表面に出てしまい、若い世代の人が作ると「相手が知りたいと思うこと」を探して伝えることができているのだと思います。

寄り添う姿勢や謙虚さが仕事への慣れと共に失われてしまったのか、あるいはそんなものは最初から持ち合わせていなかったのか分かりませんが、こういった僕らに不足している部分を持っているのはとても素晴らしい部分です。

 

そして、今の若い世代は、僕よりも圧倒的に素直です。
「いや、捻くれてるよ」という人もいるかもしれませんし、もちろん個人差もある部分です。

 

でも、彼らは僕の説明が合理的であれば、基本納得して取り組んでくれます。
同世代の栄養士はどう考えても正しい意見が出たとしても感情的な部分で受け入れなかったり、相手の好き嫌いが入ったり面倒で仕方がない(僕も恐らく例外ではない、面倒だと思う)

 
相手に対して捻くれている・扱いづらいと思う場合には、一度、こちらの対応が非合理的であったり、抽象的なのではないかという事を疑ってみることをお勧めします。

 

若い世代っていつでも何か言われる側ですが、その時代における教育を受けてきているのですから、これからの時代にマッチしているのは明らかに彼らです。

僕も見習って生きていきたいと思っています。