食事とは命をいただく行為

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焼かれる魚

食事とは命をいただくこと

人は生きるためにカロリーを含めた栄養を摂取する必要性があります。

その栄養摂取の多くは食事から摂取することになりますが、食事と料理とは「他の生物の命をいただく行為」と言い換えることも可能です。

今回はこの点について考えすぎない程度に書いていきます。

 

食事・料理は他の命をいただく行為

食卓に上がる料理のほとんどは他の生物の命からできています。

肉や魚は分かりやすいですが、野菜・果物・穀類などの植物だって、収穫される前は生きていた命です。

人に分かりやすく動いていたか、そうでないか程度の違いとなっています。

 

例えば、ごはん・味噌汁・焼き魚・卵焼きという朝食だったとして

ごはんの米

味噌汁は味噌が大豆由来

焼き魚は魚

卵焼きは卵

それぞれに命からできています。

 

ベジタリアンというものもありますが、動物については避けることが可能ですが植物まで完全に避けてしまっては生きていけません。

人は様々な命に支えられて生きているということが言えます。

 

贅沢は命の無駄遣い?

人間ははるか昔、食物連鎖の頂点ではありませんでした。

その時代には、その日食べるものをなんとか確保しながら生きていたでしょう。

ここまで食べ物が世に溢れるようになったのはつい最近で、それまでは無駄に食べ物として命が消費されることはありませんでした。

ところが、飽食の時代などと言われ、食べ物に困ることが無くなると、人は人以外の命の消費について無頓着になっていきます。

・過剰な食事量

食卓に並ぶ様々な料理・・生活習慣病など過剰な栄養の摂取が加田になっている現状を考えると、必要上の命を食べ物として摂取している面は否定できません。

 

・食べられない食事たち

スーパーやコンビニで、購入されずに廃棄されるお弁当などの量が問題になっています。

他の命を刈り取って生まれた食べ物がこのような扱いを受けることがゴミの多さの報道にしかならないというのはちょっと現代社会の狂気的な面を垣間見られている気がします。

 

・贅沢な料理達

食材をふんだんに使用した料理達、料理は見た目や香りも重要であることは確かですが、そのためにいくつの命が過剰に使用されているのかという点は、料理を生業にしている身からすると目を背けたくなる部分でもありますし、多分いつもは無意識に考える事を避けています。

 

現代人の食は過剰になっている

ここまでの内容から、命を大事に!とかいうつもりはないのですが

過剰な料理や食事が命という資源を贅沢に無駄遣いしているしている可能性については皆が少しずつ考えて行くべき段階に入りつつあるのではないかという想いもあります。

世界的には人口が増え続け、いずれ食糧問題が再燃するという可能性が示唆されています。

人が増え、その他の命が奪われ続けていけばいずれそのアンバランスは人間に影響を与えるレベルになって返ってきます。

健康的な食事=適正なカロリーと栄養量の食事

これをしっかり考えることで、将来の世代にも、バランスを保った地球をつないでいきたいところです。

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